妊娠中の記憶はどうしても妊娠後期に集中してしまう

妊婦の時の思い出といえば、妊娠後期にお腹が大きくなりすぎて困ったということです。

それまでとくに妊婦のする苦労なんてとくにしたことがなかったようなものだったのですが、しかし妊娠後期は違いますね。

妊娠後期となりますと、お腹がぐんぐんと出てきてしまうんですよ。

しかも、お腹がぐんぐんと出てきてしまうだけではなくて、妊婦検診には毎回引っかかるようになってしまったのです。

その理由は糖尿です。

妊娠糖尿病になってしまったというところまではいっていないのですが、しかし妊娠中の尿検査では、毎回プラス表示になってしまって、それがもう辛かったですね。

尿検査で糖尿がプラスになっていても、とくに身体に変わったところはないのですが、けれどもプラスになってしまうことによって、「指導が入ってしまう」というものなのですよね。

助産師さんから注意されるのはもちろんのこと、尿検査でのプラスが続きますと、栄養士さんを呼ばれて栄養指導となりますからね。

こちらとしては「なにしても糖が出てしまうねん!」ぐらいなもので、理由はよくわからないものですから。

だってかなりのヘルシーライフなのに、糖尿の表示になってしまうんですから。

なんだったら細工して旦那の尿で検査してもらうことも考えましたよ。

身体に困ったことはないものの尿検査だけがひっかかってしまいますから。

お腹がかなり大きくなった妊娠後期で妊娠線がかなりできてしまった

その尿検査の他には、やっぱり「お腹」ですね。

妊娠後期になりますと「お腹が大きくなりすぎてしまったこと」、それに「尿検査でひっかかるようになってしまったこと」のこの二つで苦労しましたので。

お腹が大きくなりすぎてしまったことでは、いよいよ「妊娠線」ですよ。

それまで妊娠線とは無縁だと思っていたのですが、妊娠後期になって一気に出てきてしまいましたもん。

というか妊娠線に関しては、「妊娠後期になって妊娠線が一気に作られた」とでもいいましょうか。

ある日気がついたら、ババババーッとスイカのような妊娠線が出てきてしまっていたのですよね。

もう発見時は非常にびっくりしました。

妊娠線てお腹の下の部分にできますから普段は見えませんからね。

妊娠線は鏡に写った自分の姿を見ない限り気がつかないものなんですよ。

私にしても、全裸で全身鏡を見る機会なんてないものですから、妊娠線ができていたことなんてまったく気がついていませんでした。

けれどもハッキリと妊娠線はできてしまっていたのですよ。

そして今でも妊娠線はでき続けていますね。

肉が割れてしまっているので、おそらく一生残るのでしょうか。けれどもまあ、いい思い出だということで。

これが私がモデルとかでしたら発狂するのかもしれませんが。

大家族で仲良しの友達の家に遊びに行った時に経験した事

少子高齢化が進む現代の日本では、女性に1人でも多くの子供を産んで貰いたいと政府は思っているらしいのですが、女性の人生は昔と比べて多様化しているので「子供を妊娠して、出産する事」を望まない女性も増えて居ます。

人生は、一人一人全く違って当然なので、子供を産む事の強要は一切してはいけないと思います。

そんな考えを持つ女性は、年々急増して来ました。

以前は、「結婚したら子供を産んで当たり前」と思っていた女性の割合の方が多かったですが、現在は違うのです。

私が子供の頃、近所に仲の良い、年が1つ違いの女の子が居ました。

彼女の兄弟は5人だったのですが、25年前の頃に子供が5人居る家庭は珍しい方だったと思います。

彼女のお母さんは、お産が軽いタイプで、出産する事に対しての苦痛は比較的無かった方らしいです。

その子の家に行くと、必ず誰かの声がするので「静寂」と言う雰囲気が、その家庭の中には無かった様です。

逆に静かな所はその子も苦手で、「いつも誰かが家に居るから、騒がしい方が自分に合ってるよ。」と言っていた事を思い出します。

そして、「自分も大人になったら、早く結婚して子供が沢山欲しい!」と、若干11歳の彼女は宣言したのです。

それと、洗濯物がベランダだけでは足りない位の量を毎日2回以上は洗濯機を使用していたので、室内の部屋干しも当たり前でした。

当時彼女のお母さんは36歳でしたが、前歯が1本欠けていたので実際の年齢よりも5歳程老けて見えました。

妊娠と出産を沢山経験した人程、歯が欠けている人が多いのは、妊娠中に自分の栄養を子供に与えているので、自分への栄養がどうしても不足しがちになる為です。

其処のお父さんは、朝から夜遅く迄、仕事で家庭に居ないので一度も見掛けた事は有りませんでした。

5人の育ち盛りの子供達を育てる為に生活費を稼がなくてはいけないので、非常に責任感の有る、真面目なお父さんだと思います。

お母さんは、未だよちよち歩きの小さい末の子供の世話と、家事で専業主婦をされていました。

私が遊びに行くと、必ず食パンの耳を砂糖とサラダ油で炒めたおやつを出してくれた事が印象に残っています。

何と呼ぶのか、おやつの名前すら未だに分かりませんが「花林糖」に食感と味がとても良く似ているおやつを食べた時「この世にこんなにも美味しい物が有るのか!」と、当時12歳の私は人生で初めて口にした、大家族のお母さんが作ってくれたおやつに感動したのです。

大家族も良いなとその時、思いました。

妊娠中にやたらと太らないこと!暴食しないこと!

未だに妊娠中にデブってしまった体重のままです。

いや、むしろ妊娠中にデブってしまってついた腹の肉よりさらに増長されているかもしれない…とすら感じていますよ。

しゃがむ時にどっしりとついた腹の贅肉が邪魔で仕方ないものですから。

ですから今、妊娠している人に言いたいことはと言えば、「あまり太りすぎないように!」ということですね。

妊娠中から助産師さんから保健師さん、はたまた場合によっては栄養士さんからもご注意を受けることかとは思いますが、産後のためにも「あまり太りすぎないこと」は大事ですから。

なぜって、そんなことは言うまでもなく出産後は痩せにくくなるからですよ。

赤ちゃん育児でただでさえ余裕がなくって、ストレスたまりまくりで食に走ってしまう人も多いですから、だからこそ妊娠中にあまり体重を増やしすぎないことは大事なのです。

ただ、母乳育児をする人でしたら出産後にどーんと体重が減るということはありえますよ。

私にしても母乳育児でだいぶ体重が落ちましたからね。

母乳は自分の血液を赤ちゃんにあげているようなものだと言いますから、だから体重がどーんと減るのですよね。

そしてまたお腹がやたらと空くのです。

ですからここで我慢ですよ。

母乳育児でお腹が減りまくりだからといって良いだけ食べていましたら、それはもう体重は減りませんから。

出産後に体重を減らしたいのでしたら、母乳育児中に体重を戻しておくことです。

とにかく母乳育児をしていますと、やたらとお腹が減るのですが、しかし「適量」をキープすることが大事ですから。

暴食に走れば、確実に皮下脂肪となって身体にしっかりとついてきてしまいますからね。

はっきり言って肉が邪魔ですから。

それに本当に出産してからというもの、痩せにくくなってきているのですから。

ですから出産後に後悔していることはといえば、「なぜに妊娠中にいいだけ太ってしまったんだー」ということですもん。

私はつわりもなく元気に妊婦生活をおくっていました。

それなのにも関わらず「妊娠してるしいいよね。赤ちゃんの分もたくさん食べなきゃ」などと、妊娠をいいわけに食生活に我慢をしていませんでした。ですから太ってしまったんです。

そしてまた、出産後にしましても、赤ちゃん育児が大変だとかいう理由で痩せないままになってしまっているのですよね。

非常によくないことだとは思っています。

未だに痩せない、むしろ痩せづらくなってきていますので、後悔先に立たずですよ。

初めての出産のときの思った以上の一人ぼっち感

私の一人目の妊娠中、既に私の母は他界していました。

そのため私はあまりあれこれ気になることを聞いたり頼ったりする相手が側にはいませんでした。

夫は男なので妊娠について聞いてもわからないよなという思いもあり、あまり相談する気にもなれませんでした。

だから、出産する時には私が自分で全て頑張るしかない、立ち合い出産なんて全く考えませんでした。

むしろ、きっと出産は理性失うほどの辛さになるだろうから、そんな自分を見られたくないなと思ってました。

夫も出産を見るのはちょっと怖いから立ち合う気になれないと言ってました。

そんな私が、いざ陣痛が来た時は早朝でした。

急に怖くなり、こんなに痛いとタクシー呼べるかもわからないと訴えて夫に仕事前に産婦人科に連れて行ってもらいました。

そして、まだ初産という事もあってか全然子宮口は開いてなかったけど、頼んでそのまま入院させてもらったのです。

ベッドに余裕があったから許されたみたいです。

そして、産まれるのは明日とかになるだろうと言われ、夫はその夜、会社の人と飲みに行く話があったので、今日は私は夕飯作れないから行って来たらと言いました。

そして、その夜9時頃に好きなドラマを病室で観ていたら、急にお腹がすごく痛くなりました。

すぐにナースコールしたけど、まだまだだね。と言われまた痛くなって我慢出来なくなったら呼んでねと言われちゃいました。

その後、もう一度ナースコールするまでの間すごく悩みました。

痛いけどまだ我慢しなきゃダメな痛さなのか?と自問自答しながら。

誰にも聞けず、誰にも腰をさすってもらう事もなく一人ぼっちで痛みと闘ってました。

ようやく、もうダメ、という時になってナースコールを押しました。

すると、痛いと訴えてる私に階段歩いて下の分娩室に行こうと言ったのです。

歩いた方がお産が早く進むかららしいですけど、知らない私はそう言った人をなんて冷たい人だろうと思ったのが記憶にあります。

分娩室でも、私が陣痛が苦しくて唸り声出すと、体力なくなるから声出さないでと言われちゃいました。

そんなの知らないよ、と思いながらも、腰が割れそうな痛みに泣きそうでした。

その間、夜なので助産師さんも少なくてかなり一人で放って置かれた時間があって、私はすごく孤独でした。

最後ようやく産まれたときには感動よりも終わった、という気持ちが大きかったですね。

助産師さんから、すぐに携帯電話を渡されて、連絡したい人がいたらどうぞと言われ、こんなすぐ自分で連絡させるのか、とまたまたびっくりしました。

でもとりあえず夫に連絡すると、飲み屋でお酒を飲んでいた真っ只中でした。

無理しないで夫に仕事終わったら分娩室に行くまではついていて貰えばよかったと後悔した出産でしたが、まあ無事に産まれたから今となっては全て懐かしい思い出ですね。

無痛分娩の予定が、逆子で帝王切開になってしまった

第一子で促進剤を入れたこともあり、強い陣痛が続いてとても痛かった思い出があるので下の子はどうしても無痛分娩を行いたいと思っていました。

実際に職場の近くに無痛分娩を行っている病院がありましたので早速予約を取ることにしました。

無痛分娩をするといっても単に無痛であるから楽、というわけではありません。

無痛だからこそ体重管理が重要になる、といって結構厳しい体重管理を強いられました。第一子の時はそういうことがなかったので、本当にびっくりしました。

厳しい体重制限にも耐え、実際に分娩のことを決めるようになってから、逆子であることが発覚しました。

そのため、無痛分娩が良くてその産婦人科を選んだにもかかわらず、無痛分娩どころか帝王切開になってしまいました。

帝王切開については術後の強烈な痛みがあったものの、特に問題なく手術が終了しました。

帝王切開は麻酔が痛いとよく聞きますが、無痛分娩で名のあるお医者さんがやってくれましたので、麻酔が痛いということはなかったです。

実際の術後についてはスムーズに終わりましたし、術後の痛みは耐えられないということもなかったです。

母乳にこだわる病院ではなかったので、痛み止めも望んだ時に望んだ分だけもらうことができました。

無痛分娩を推進している病院で帝王切開を選んでつらかったのは、産後皆がすたすたと歩くことができており、また私より後に出産した人でありながらもみんなでランチなどを食べたり交流できる余裕があるということです。

実際、無痛分娩は本当に痛くなかったらしくこの産婦人科にしてよかったと皆が言っていました。

第一子を高級な産婦人科で出産した人もいましたが、その高級な産婦人科で出されるフランス料理のフルコースよりも、無痛分娩がご褒美感が大きかったそうです。

すごくうらやましかったのを覚えています。もし、私に次の出産があるのであればもう帝王切開が決まっているので、無痛分娩という選択肢はないでしょう。

しかし世の中には無痛分娩と聞くと「楽をしている」「出産は痛みに耐えてこそ」という意見もあるでしょうが、私は別に無痛分娩をしたい人をとめるような権利はなく、周りもそうするのであればおかしいと思っています。

なぜなら、無痛分娩を選んだ他の妊婦さんは結構輝いてて楽しそうだったからです。

肝心の私の体験談ですが、いつ終わるかわからない陣痛に耐えるよりは、帝王切開のほうが予定も立つし楽だったなあと思っています。

妊娠を望まないのなら、避妊はしっかりしておきましょう

街に溢れる若者カップルは果たして避妊をしっかりしているのでしょうか。

私は「No」であると確信しています。何を隠そう、私が避妊としての外出しで妊娠、出産を経験しているひとりだからです。

「外出しは避妊じゃない」ということは、学校の性の授業でも教わったかと思います。

しかし周りから聞くのは「避妊しないで3年間してるけど、妊娠したことないよ」という情報だったり、「避妊しないでしたことない!」なんていう言葉。

初めは避妊を徹底していたものの、誘惑に負けて1度そのまましてしまい、それからはなんとなく流れに任せてしまった、なんて言う女性も多いと思います。

なんでそんなことを言いきれるかと言うと、私が周りに聞いて回ったからです。

外出しで妊娠してしまったことをきっかけに、今まで性の話をしたことがない友人ともそのような話をする機会が増えました。

少なくとも私の周りでは、完全に避妊を徹底しているカップルは10組のうち1~2組。

逆に毎回避妊をしていないカップルも同じ、10組中1~2組だと思います。

そう、避妊をしたりしなかったり、避妊をせずに外出しが多いカップルは全体の6~8割にもなるのです。

私はそれを聞いてびっくりしました。

今回妊娠に至ってしまった私が言うのもなんですが、私は今回妊娠のきっかけになる前は、前の彼氏を含めて全て避妊を徹底していたからです。

1度めの外出しで妊娠してしまったからこそ、私は、「子供がほしくなければ、絶対に避妊をしてほしい!」と伝えたいのです。

私が妊娠のきっかけになった日は、彼氏と久しぶりに会った日でした。

お互いなかなか仕事の予定が合わず、1ヶ月ぶりの再会で、1泊2日のお泊まりデート。

夜は近くにあった綺麗なラブホテルに宿泊することにしました。

久しぶりにあった彼と盛り上がり、何回かしているうちに、いつのまにか彼が避妊をやめていたようです。

途中から私もそれに気付いたものの、咎めるのも白けてしまうと思い黙認してしまいました。

それが徹底的な決め手になってしまったのでしょう。

今思い返してみれば、その日は私の危険日のど真ん中でした。

ですがそれを「タイミングが悪かった」と言い切るつもりはありません。

避妊をしないというのとは、妊娠の可能性が出てくるということ、身をもって体験しました。

妊娠はまったく予想外だったものの、妊娠がわかると彼はすぐに、ふたりにできた赤ちゃんを認め、喜んでくれました。

ですがもし彼が出産を望んでいなかったら…考えると怖くてたまりません。

世の中にはたくさんのカップルが何かを理由に出産を諦めているでしょう。

そんな悲しいことにならないためにも、「外出し」はやめて、避妊をしっかりしてほしいです。

産後の抜毛で一気に老けて見えるようになりました

半年前に出産した30歳主婦です。

この半年間、初めての妊娠・出産で怒濤の毎日でした。

鏡に向かって、ゆっくりと自分を見つめられる時間はとても少なく、ゆっくりとお風呂に入って落ち着く時間もあまりないような状況でした。

でも、子どもはとても可愛く、愛おしい存在です。

今までに感じたことのない充足感を味わっています。

そんな中で、私が悩んでいることがあります。

それは、自分の老けです。

この半年間で、自分が一気に年を取った感じがします。

お手入れの行き届いてない肌や、妊娠による体型の崩れが、老けて見える原因ですが、その中でも特に、老けを感じるのが「髪」です。

産後、1ヶ月ほど経ったときから、髪がごっそり抜けるようになりました。

シャンプーをするたびに、排水溝が真っ黒になるくらい大量の髪が抜けます。

周囲の出産経験者たちに聞いて見ると、多くの人がこの産後抜け毛を経験しているそうです。

私は、出産前まで、髪が多い体質でした。

月に一度の美容室では、リタッチとともに、髪をすいてもらい量を減らすようにしていました。

でも、産後、一気に髪が抜けたことで、髪の量が少なくなりました。

全体的にペタンとした雰囲気のヘアスタイルになってしまいました。

今は、とても老けて見えるのが悩ましいです。

私があまりにも気にしているため、夫には「出産の勲章なんだから、気にするな」と笑われてしまいました。

ネットで調べたところ、産後の抜け毛は、ホルモンバランスの変化によるものだそうです。

授乳を終える頃には、抜けた髪がまた生えそろってくるとのことでした。

一安心しましたが、これから短い毛が同時にたくさん生えてくるので、ツンツンと飛び出て見えてしまうという問題点についても書かれていました。

ネットの口コミによると、新たな毛が生えてくる時期は、短い毛が煩わしいそうです。

そして、子どもが積極的に動くようになると、ママの髪を引っ張りたがるのでヘアスタイルに困る、との口コミもありました。

私は今、胸下までのロングヘアです。

昔からロングの巻き髪が好きだったため、長年このヘアスタイルは変えずに来ました。

美容室に行って、トリートメントをすると、自分のロングヘアがツルツルになる感触も大好きでした。

でも、そろそろヘアスタイルの変え時かもしれません。

愛しい我が子のためなら、このロングヘアとお別れすることも、難しくない気がします。

今度の夫のお休みの日にでも、子どもを夫に預けて美容院に行ってみようかしら、と思います。

妊娠は一人一人違うのでその時で対処が必要!

初めての妊娠は35歳の時でした。

妊娠して嬉しい気持ちもありましたが、怖かった覚えもあります。

最初は本当に実感なくて、何度も何度も妊娠検査薬で確かめました。

最初は流産をしやすいと聞いていたし、最初の初期症状が何もないからです。

体がダルクなるや眠気が酷い、そんな症状がなく、知らない間に流産していたらどうしようという不安で一杯でした。

しかし、そのような不安もつわりが始まってから考える暇がなくなりました。

このつわりは酷く、最初は食べていたら大丈夫だったのですが、すぐに吐きつわりになってしまったのです。

事務の仕事をしていたのですが、まだ安定期に入るまでは妊娠の事は報告を控えていたのですが、このつわりが酷く、仕事にならない時もあり、周囲に迷惑をかけられないと思い三ヶ月のときに伝えました。

つわりは人によって違い、吐きつわり、食べつわり、寝つわりなど、中には全くつわりがない人もいます。

私の場合は吐きつわりで、会社ではトイレとデスクの往復でした。

このつわりはいつまで続くのか、終わりが分からないから長く感じました。

そんなつわりで食べる事が出来なかったのですが、シチューだけは食べる事が出来たのです。

食べてもすぐに吐くのですが、食べたいと思うのがシチューだけでした。

4ヶ月検診の時はエコーでしっかりとお腹の赤ちゃんの形がしっかりと見えるので、つわりで苦しい時は写真を励みにしていました。

あまりに食べれなく時は病院で点滴を打ってもらう事で楽になりました。

安定期に近づくに連れて段々とつわりの症状が治まってきて、いつも間にか体調も良くなってきたのです。

そうなると今度は胎動を感じ始めました。

最初は胎動と分からずに、なんか気持ち悪いと思っていたのですが、次第に動きが大きくなってきて胎動なんだと気づいたのです。

後期になると今度は体重管理を気をつけなくていけなくなりました。

つわりで5キロほど体重が落ちたのですが、落ち着くと一気に体重が増え始めて、後期になると気をつけてもドンドン体重が増えてきます。

太ってしまうと出産の時にきつくなってしまう為といわれて最終的に予定していた10キロ増で終わりました。

初産は遅れると言われたいますが、予定日の1週間前に出血をしてしまい、病院に行くとまだまだ予定日過ぎると言われて帰ったのですが、次の日から微弱陣痛がきて、二日間微弱陣痛で寝れないままでした。

そして、また出血してしまい病院へ行くと2時間後に出産したのですが、胎盤が機能していなかったようで、無事に出産できて良かったと思ってます。

19歳でできちゃった結婚、不安だらけの毎日でした。

19歳の時にできちゃった結婚をした私。

まだ子供だった私は、悩みに悩んで出産する事を決断しました。自分のお腹の中に赤ちゃんがいるという事が信じられない様な気持ちも正直ありました。

私は、つわりもなく健康で今までとなんら変わりない毎日を過ごしていました。

お腹の赤ちゃんに対して、少しずつ愛情も芽生えていくのが自分でも分かりました。

お腹も徐々に大きくなります。

正直、本当に私のお腹の中にいるんだ!と実感できたのは、目に見えてお腹が大きくなってからでした。

私の分身のような我が子に対して今まで感じたことのない感情を持ちました。

これが愛おしいという気持ちなんだと、産まれて初めての感情でした。

今まで人を好きになった事はありましたが、比べ物にならない愛情の大きさに自分でもびっくりしました。

びっくりしたのと同時に、出産を決めた時「自分はちゃんと母親になれるのだろうか」という不安が薄くなりました。

お腹の赤ちゃんをこんなに愛おしいと感じれる自分に、ホッとしました。年齢に関係なく、きっとだれしもが感じる不安なのではないでしょうか。

赤ちゃんが大きくなるとともにお腹も大きくなり、動くようにもなってきます。

初めて胎動を感じた時は、本当に感動しました。

なんとも言えない感覚でした。

私は、36週あたりで妊娠高血圧症になってしまい、促進剤を打っての出産になりました。

促進剤を打って、陣痛を促すので強い痛みが急に襲ってきました。

よく、鼻からスイカって言いますがスイカより痛いんですよ!

でも、女は強いです。

耐えれちゃうんですよね。痛くて痛くてどうしようもないけど、それでも耐えれちゃうんです。

私は主人と母親と姉が立ち会ってくれました。

でも、正直だれがいようと関係ありません(笑)

ただ、思ったのはこれだけ苦しみながら必死で産んだという事を主人には特に知っていて欲しかったんです。

これだけの苦しみの先に、命が誕生するという事を知って欲しかったんですよね。

出産中、主人は一生懸命励ましてくれました。

主人が見た事もないぐらい苦しんでいる私の姿を見て、これでもかってぐらい励ましてくれていました。だから、共同作業みたいなもんですね!

立ち会う事が大切だととても実感しました。

無事産まれてきてくれた我が子に対して、お腹の中にいた時よりも更に愛情は深くなりました。

「産まれてきてくれてありがとう」とテレビとかでよく言ってますよね!

本当にそう思いました。私にたくさんの初めてをくれる我が子。

子育てって言いますが、親も子供に育ててもらっているんだなと感じました。

赤ちゃんができたから、産まれてくるまでの間に私はすごく変われました。

この子のおかげで変われたんだと強く感じました。

本当に、出産を決断してよかったと心の底から思いました。

妊娠中で辛かったのは母親教室で会う妊婦さん…

妊娠中で辛かったことのひとつは母親教室に参加することです。

なんてことを言いますと、「とんでもないやつだ!」ぐらいに言われるでしょうから補足しますね。

保健師さんたちが開催してくれる母親教室自体は良かったんです。

初めての出産ですし、母親教室の内容はとても参考になるものでした。

それに保健師さんもどの人も人当たりのいい人で、母親教室自体はとっても良かったです。

しかし母親教室で一緒になる妊婦さんの一人がどうしても受け付けない人で、その人と一緒になるので母親教室がイヤでイヤで仕方がなかったんです。

妊婦さんたちに向けて開催されている母親教室は、妊婦さんたちがママ友をつくる目的もあると聞きました。

そのことは私も理解しています。

そして私も実際に、マタニティークラスでママ友ができましたよ。

けれども、苦手なママ友だっているんですー!

と、「苦手なママ友」と言っている時点で、その人はもう「友達」ではないですね。

ですからママ友ではないのですが、どう表現したらいいでしょうか。

とにかくあちらからはママ友認定されているのですが、私はどうにもこうにも苦手な部類の妊婦さんがいたのです。

なんというか、やたらとさりげない自慢が多いというか。

まあ自慢は別にいいんです。

さりげなく私をマウンティングしてくるかのような発言がイヤだったんです。

いつのまにかママ友認定されているのか、周りの妊婦さんに私のことを下げるような発言をされたりもイヤでしたからね。

具体的にはまあ旦那の職業についてですね。

開口一番「旦那さんの仕事何?」と、聞かれましたから。

そして私の旦那の職業がトラック運転手だとわかると、あからさまに態度を変えたのですよね。

もうそこでマウンティング完了という感じでした。

トラック運転手で悪いかコノヤローと、内心思いましたよ。

しかも人の旦那の職業は聞いておいて、自分の旦那の職業は答えないという疑問対応で。

けれど、ここで波を荒立ててはいけないと思って、グッと我慢していました。

そしてなぜかその苦手なママ友に私は心を許されたのか、会う度にパーソナル情報を聞き出されていたのですが、あちらはあまり答えずという感じでした。

ですから未だになんかモヤモヤしますね。

幸い出産後はあまりあちらから関わってこなくなりましたね。

もしかすると、他に「ママ友」になるべき適任者を見つけたので私に話しかけなくなっただけかもしれませんが。

今では同じ場にいても話しかけてこないですからね。

それもまたモヤモヤするのですが。